この世に正しいことなんて一つもない 義務も責任も決まりさえも 〜日本一周 0円旅 10日目〜
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朝10時
一泊お世話になったカイルとお別れをして、歩いて国道沿いへ
そしていつも通りヒッチハイクをしていると
急に男性がきて、
「カンパさせてください。」
とその一言でお金を渡して過ぎ去っていった
旅の話しを聞くわけでもなく、何か会話をするわけでもなく、ただカンパして行く人たちはどーいう気持ちで俺にお金を渡していくんだろうか
聞けばよかった
ヒッチハイク開始から1時間
レクサスに乗る男性に乗せてもらった
今まで乗せてもらった車の中では1番高いだろう
けど、その男性曰くドバイはその比じゃないらしい
豪華客船を船上で遊ぶためだけに買い、それを停めるためだけに島を買う
しかも客船も年に数回しか使わない
そんな人たちがドバイにはゴロゴロいて、そーいう人たちは「1」のナンバープレートを買うために10億円出し、ラジコン感覚で1100万円するレクサスの車で遊び、ぶっ壊すらしい
ていうかこの車1100万円もするんですか
そっちにびっくりですよ(笑)
今まで俺は下ばっか見ようとしてたけど、逆に上の上を見てみるのも良いかもしれない
幅を広げまくったとき、さらに視野が広がるだろう
そして、国分寺から埼玉の所沢まで送ってもらった
お礼を言い、お別れをしたあと少し休憩
昼の2時なのに今日のゴールの長瀞まであと50キロとかなので、余裕ぶっこいて道路沿いでブログを書く
一応ヒッチハイクのボードを横に置いておいた
と、
気づいたら目の前に車が!!
まさかのまさか?!
あったりー!!!
俺が置いていたボードと看板を見て、おもしろがって止まってくれたみたい
しかも女性1人
「すごいおもしろそーだね(^ ^)」
満面の笑みで声をかけてくれた女性
仕事があるからと、17時に長瀞まで送ってあげるよと約束してくれた
おっしゃぁー!!
これで決まりだ!!
それまで近くの公園で休憩
そして17時
仕事終わりのその人が公園まで迎えに来てくれた
めっちゃ楽しそうだし、すごいおもしろい空気を感じる
聞けば家族そっちのけで、1人でいろんなところに行っているらしい
なんか俺より年上なのに、全然年上の感じがしない
性格が若くてテンションも高い
壁が感じられなくて同い年の子としゃべってるみたい
川崎生まれだが都会の無関心さが嫌いだという
めっちゃ素敵な人じゃん✨
「いいなーいいなーー」
って俺のしてることを羨ましがってくれてるけど、あなたの性格の方がよっぽど楽しいですよ!笑
ほんと一緒にいて楽しいし話しやすい
ぶっちゃけた話も全然できる
こーいうのって天性なんだろうな
夕飯まで奢ってくれて、日持ちするお菓子なんかも買ってくれた
できることならお家にお邪魔してダラダラおしゃべりしたいくらいだ
こーいう人俺大好きです(^ ^)
結局今日のゴールの長瀞駅まで送ってくれた
別れ際もいろいろ話してくれてめっちゃ話してくれて、サイコーに楽しかった!
ヒッチハイクで乗せてくれる人なんて、ほとんどがその一回きりだ
その一期一会でどーたち振る舞うかってのもヒッチハイクの醍醐味だけれども、この人とはこれで最後はおもしろくない
絶対にまた会って話したい!って思った
この人に出会えただけでも、この旅に出てよかった
心からのありがとうございました!!
からの長瀞に到着
今日泊めさせてくれるこうじろうさんは10時まで仕事らしいので、それまで長瀞駅で駅員さんと話したりした
無一文の旅だと言うと、青森から北海道までの交通費を心配してくれて最安の新幹線を調べてくれたりした
本当にあったかい人ばっかりだ。
そして夜10時
ついにこうじろうさんと合流!
こうじろうさんとは、1年前くらいにあるピクニックで会ったんだけれども、この人は僕らが考えないような深層の深層まで物事を考えて本質を捉えててすごい
から、今回の旅で絶対に会ってお話しさせてもらいたい!って思ってた
(案の定やばかったんだけれども(笑))
夜遅くにお邪魔させてもらったのに、2時間も3時間も話してくれた
正直途中からついていけなくて、一方的に話を聞く側になっちゃったんだけどその一部を書き残しときたいと思う
まず、お金について
こうじろうさんはお金と関わるのが嫌になって、今お金と関わらないように生きていく行き方を目指しているらしい
正確にはお金自体が嫌なのではなくて、お金を払ったらそれに対する対価とか義務が発生することとか、所有の概念が嫌らしい
僕らはスーパーで鶏肉を買う
当たり前の話、お金を払ったら鶏肉はスーパーの物から買った人の物になる
けど、そもそもその鶏肉って元々生きててその命は鶏自身のものだった
なにの、勝手にその命をさもスーパーが所有しているかのように仕立て上げ、それに対してお金を払って僕らの物にしている
勝手に所有してるんだ
対価として鶏に対して何かを払うなら道理は分かるけど、勝手に所有しているスーパーに対してお金を払うのは違うんじゃない?
お金を払うことによって、ふだんからそーいう仕組みがいろんなところで成り立ってしまってる
他にも、本当にやりたいことを見つけるのは不可能だとも言っていた
俺が今なんのために生きているか?と聞かれれば、しいて言えばやりたいことをやるためと答える
そして、本当にやりたいことを今探している
けど、はたして本当にやりたいことって見つけられのか?って考えたとき、こうじろうさんはNOだと言っていた
例えば、将棋の羽生さん
(記憶が曖昧なので、正確な情報ではないかもしれないが)
羽生さんは将棋で五冠をとって、「将棋が好きです!」って言ってたらしい
けど、もしこの世に将棋が無くて日本にチェスしかなかったら羽生さんはチェスで五冠取って、同じように「チェスが好きです!」
って言ってただろう
だから、将棋が好きというのは間違っていて
本当はその将棋の中の勝負性、駒の動き方、ルール、駆け引き、頭を動かすこと、、、などなど
ものすごい数の要素で成り立っている将棋の中の何かが好きで、将棋が好き!って言ってるんだ
もし、駒の動き方若干違う違う将棋があったらそっちの方が本当は好きになっていたかもしれない
そう考えると、本当に好きなことは見つけられないのである
この話から思ったのは
本当にやりたいことは見つけられないのか、、、泣
そんな悲観的なことじゃなくて、
やりたいことを仕事とか要素をまとめたもので言うのは安易だなってこと
将棋が好きでも、その中の何が好きなのかもっと要素を細分化して見てみることが重要だと思う
そうすれば、もっともっと突き詰めて自分がやりたいことを見つけられると思う
それが1番ではなくても、この世の中にあるものの中では1番に近いやりたいことをできると思う
他にもいろいろ聞いたのだけれでも、総じて思ったのは
この世に正しいとか間違っているとか義務とか何もないんだなってこと
法律なんて人が勝手に作ったもので、道徳に至っても大衆が作った人間世界の中のことである
人殺しを「間違っていない!」とは言いたくないけど
そもそも人間は動物を日々虐殺している
考えれば考えるほど正しいことなんてない気がしてくる
逆に言えば、
こうしないければならない!
こうするべきだ!
とか生き方、考え方を押し付けてくることこそ間違っているのだろう
正しいことなんて一つもないのに、それをしないといけない理由なんてないのだ
第一その考え方を作ってるのもそいつ自身なんだから
まあこんなにも俺が世の中に反発してる感が最近出てるのは、考え方を押し付けてくる人が社会に近づけば近づくほど多いからだ(笑)
アドバイスはありがたい!提案もありがとう!
けど、植え付けるのはやめてください!
なんか話しが脱線しちゃったけど、夜遅くにまでいろいろ話してくれたこうじろうさんには、本当にありがとうございましたと伝えたい
この人ほど物事を本質的に捉えてる人はいまだかつて話したことなしい、それを貫くこうじろうさんは、すげぇ!!!!
ってなった
おそらく一生の付き合いになると思います
よろしくお願いしますm(_ _)m
(勝手に宣伝していいのか分からないけど^_^;)
今日の話しにピンときた人はぜひこうじろうさんと話してみてほしい
絶対に考え方がさらに深くなるから
それではそれでは、哲学の勉強はこの辺で終わりにしよう
おやすみ〜♪
この世に正しいことなんて一つもない
義務も責任も決まりさえも
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